宇宙の法則の研究と実践

ブログをご覧頂きありがとうございます。 このブログは管理人satsが様々な「宇宙の法則」を研究し、実践していくブログになります。 現代科学では証明されていない、でもたしかに存在する様々な法則(宇宙の法則)について、 日本人や人類のルーツ、古代史の謎、陰陽五行開運方位鑑定に関する話題を交えつつ発信していきます。

吉備真備と陰陽道

 

※この記事は2020年の学び(開運方位鑑定をやる理由)からの分離記事になります。

トピックが多かったので分けました。

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ともに陰陽道に精通しているブッダかずひさ氏と保江邦夫氏が、かつて日本に陰陽道を持ち込んだとされる吉備真備についての話しをしていてシンクロだったので、吉備真備が日本に陰陽道を持ってきた経緯についての話しをまとめた。

 

 

ブッダかずひさ氏による、牛頭天王陰陽道が日本に入ってきた経緯の話し

36:00〜
牛頭天王は、星の神様で陰陽道を司る神様。
牛頭天王に方位除けの祈願をすると、凶方位を全部吉に変えてしまう。
祀られているのは祇園、八坂、津島という名前がついた神社。
江戸時代まで牛頭天皇が祀られていたが、明治維新スサノオ(素戔嗚)に習合された。

牛頭天王祇園精舎の守り神。
祇園精舎は、お釈迦様が商人たちに寄付してもらったインドの7階建てのビル 。
祇園精舎の守り神、鎮守様、土地神が牛頭天王
釈迦如来牛頭天王を使役して祇園精舎を守らせていた。 
お釈迦様は霊力めっちゃ強いから災いの神でも逆らえなかった 。
他の災いの神も従えて祇園精舎を守っていた。

その後仏教と共に中国に渡っていく 。
中国の道教陰陽道と合体する 。
そこで体系化され、吉備真備(きびのまきび)が中国に渡り、日本に牛頭天王の信仰を持って帰った 。
吉備真備が日本で最初に牛頭天王を祀ったのが姫路の広峯神社

霊的な側面では、お釈迦様の祇園精舎の守り神から、 
陰陽道の神、星の神になって 、
星の神になった状態の牛頭天王を、吉備真備が日本に持ち帰って広峯神社で祀って 、
その後京都で疫病が起こったから、疫病退散の神として牛頭天王を勧請して 、
京都の八坂神社という牛頭天王信仰・祇園信仰のメッカができた。

基本的には日本で持ち込まれた頃には陰陽道の神として持ち込まれ、安倍晴明が方位占いを使っていた 。
牛頭天王の眷属の一人である大将軍を京都の結界張りにお祀りするなどして発展していった。

 引用元

秘儀!牛頭天王占いとは?! - YouTube

 

 

その後保江氏の講演会の動画でも吉備真備が出てくる。

 

 

 

 

岡山に吉備真備公園があるらしい。

 

 

八咫烏吉備真備によって結成された。

 

 

祝詞にしても方位にしても、重要な部分が抜け落ちたり、簡略化されて精度が低いものになっているものが結構ある。

 

 

 

実際、前述のとおり自分自身にも2019年に新しい概念の方位理論が降りてきたし、宿曜、六壬などこれまでの明らかにされていなかったものに触れる機会が増えてきているのも、吉備真備の影響もあるのかもしれない。

 

 

また、陰陽道は、天文学や暦学とも密接な関連があるとされるが、
暦にしても、日本では明治6年までは月のめぐりも考慮する太陰太陽暦(旧暦)が使われていたのが、
明治期の改暦によって、現代の太陽の運行を元にした太陽暦が使われるようになった。
日本で現在の暦が使われるようになったのは、この150年間のことだという。

月のめぐりは潮の動きや動植物の変化に影響を与えるので、太陽暦だけだとそれが分かりづらいのが難点とされる。

新暦と旧暦|暮らし歳時記

 

 

現代の暦は自然との調和を欠いているという説もある。
旧暦と尺貫法が世界を救う

 

 

 

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